人生リセット!私がブログを始めた理由

さんどめまして(・ω・)ノ


初のブログセミナー参加で自己紹介の大切さを学んだ凡々です。
nagomism753.hatenablog.com


【名前】平々凡々(へいへいぼんぼん)・関西在住29歳・女

意味は“極めて平凡な様子”という四字熟語。中学の時にこの言葉に出会い、のほほんとした意味と響きが気に入り好きになりました。

結婚後に平凡とは何か、普通とは何かという哲学的な考えに至ってしまうのですが...笑


【職歴】幼稚園教諭(正社員)5年・営業事務(契約社員)1年4ヶ月・保育士(正社員)1年3ヶ月


【好きなもの】

アニメ・漫画
グロ系でなければ割となんでも見ます。
銀魂CLANNAD境界線上のホライゾンetc

コミックエッセイは池田京子さん。わたなべぽんさん。ゆるりまいさん。などなど...
貯金や片付けはここから学んだ♫

音楽
歌うの大好きです!ピアノは超苦手ですが弾くのは楽しいです。
藤田麻衣子さん。柴田淳さん


【嫌いなもの】

トマト
加熱して原型がなくなっていれば食べられます。

イニシャルG
夏になるとよく出てくる黒いアイツ。
もう書くのも嫌なくらい嫌いです!!!!

普段の片付けも「奴が出るかもしれない」と思うと手が動きます笑


↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓
ここからは、なかなか赤裸々に書いております。
個人的感情100%です。ご了承ください(o^^o)


【主人とのこと】

25歳で高校の同級生と結婚。

大学・幼稚園教諭時代は実習や行事前でピアノの練習が間に合わず、どれだけデートをドタキャンしたか分からない。
発表会の衣装作りもどれだけ手伝ってもらったか分からない。


付き合いも長く、とても優しい人。
本当に私のことを大切にしてくれていました。


しかし結婚後から仕事を転々としたり、無職時代は私の扶養に入ってくれなかったり、一人暮らし時代の税金の未納書を私に隠す等々…結婚前では分からなかったことが徐々に出てきました。


色々な理由でなかなか定職につかず私の稼ぎだけでやってきた期間も長かったのですが、保育士としての稼ぎはあまりよくなく副業に興味を持ったのもこの頃です。


子どもがなかなか授からず27歳の時に夫婦で検査を受け、主人の男性不妊が判明。顕微授精でしか妊娠の可能性がないと診断される。


検査結果を電話で伝えたのですが、受話器越しに聞こえた主人の消えそうな声が今でも忘れられません。


28歳で不妊治療を開始。


主人のことが本当に好きで、他の誰でもない彼との子どもが欲しいと思ったので顕微受精もチャレンジしたのですが、毎日の自己注射や決まった時間に飲まなくてはいけない大量の薬、検査や移植手術の為に何度も通院が必要でその度に有給を取ったりシフトの変更をお願いしなくてはならず想像以上の痛みと薬の副作用に苦しみ、時間と莫大なお金がかかりました。(国からの助成金もごくわずか)


一度目のチャレンジの結果は陰性。


「あの時、寝かしつけに時間がかかって時間通りに薬が飲めなかったからかな」


「移植手術後に〇〇ちゃんがお腹に乗ったからかな。。」と色んなことを考えるようになってしまい、仕事との両立に限界を感じつつも二度目の顕微授精をするには金銭的・身体的・精神的に厳しく足踏み状態。


この腕に我が子を抱くことができないかもしれないと思うと悲しくて、大好きだった保育の仕事も子どもを見るのも辛くなり退職を決意。


ですが、その状態でも働かない(働けない?)主人への怒りや諦めは増す一方。。


貯金も底をついてきて、それでもなかなか就職活動しない・行動を起こさない、仕事を終えて帰るとゲームばかりやっている。


そんな姿を見てると段々「私にそんな価値(頑張ろうと思える気持ち)がないんじゃないか」と思えてきて虚しくなっていきました…


「いい加減働いてよ!!」


「もう貯金もないよ!!」


思った時に、きちんと言えば良かったんですね。

正確には言ったこともあるのですが「凡々に言われたから、〇〇したのに失敗した」「プレッシャーになる」と言われ、それ以上言うことができなくなってました。


彼の気持ちに寄り添うよりは「顕微受精をするのであれば奥さんが若い方がいいですよ」とお医者様に言われた一言に焦りと不安を覚えて治療を進めることを優先させてしまいました。


“自分に原因がある”という思いだけでなく、不妊治療費用も全て私が出していたので彼にとっては更に負い目になって意見が言えなくなっていたようです。


不妊治療に関して彼を責めるのは違う。

でも、どうしても思わずにはいられない。


「毎日の痛い注射も大量の薬も副作用も身体的苦痛はどうして私だけが背負わなければならないの」


「普通と言われてる人たちはお金もかけずに子どもが授かれるのに、どうしてこんなにしんどい思いをしているんだろう」


不妊治療も受精卵までいかない方達からすれば贅沢な悩みかもしれない。


そんな風に思う自分も嫌いでした。


大切だった。好きだった。だから頑張ろうと思った。自分では頑張ってきたつもりだった。


子どもが授かれないことに関しては先天性のものだったので仕方ないと思っていましたが、バイトでも日雇いでもどんな形であれ働いてもらえなかったのがこれから二人で生きていくとしても不安を覚えてしまいました。


私が稼いで養う選択もありましたが不妊治療を続ける予定だったので二人分の生活費+不妊治療費を考えると中々難しくて。


結婚式であれだけの人たちにお祝いしてもらったじゃない。


今まで支えてもらってきたし、妻として頑張らなきゃいけない・頑張らなきゃいけない・支えていかなきゃ…

この4年必死でやってきましたが、心の自分は限界で叫び声をあげていたようです。


ついに離婚する道を選びました。


私に至らない部分があったこと否定しません。
自分勝手だと思う人もいるでしょう。


ですが彼のことを尊敬できなくなってしまい、これ以上一緒にいると「今」の私が壊れそうでした。

きちんと主人とも、そして何より自分と向き合ってこなかった結果が離婚に繋がっていったんだと思います。


【ブログについて】

テーマは挑戦と等身大


実はこのブログは作り直したものです。
作り直した理由は“はてなIDを作り直す”という自分のミスなのですが笑


過去記事の移行も上手にできず、ほぼ書き直しの状態です(>_<。)


前回ブログを始めた時は、不妊治療を続けていくのであれば新しい仕事をしながらは難しい(そのために退職しましたしね)ので家にいながら収入を得ることができたら&不妊治療の記録にもなるかと思い始めました。


自分の気持ちに気付くのは、もう少し後の話…


主人とは高校の同級生で共通の友人も多かったので部活のOB会や同窓会で友人に会うと

「凡はいいよねー彼は優しいし、料理もしてくれるしタバコ吸わないしギャンブルしないし…」


「お前は優しい旦那くんじゃなきゃ結婚できんかったな〜〜」といじられると(今思えば相手は軽く話していただけ)


“主人の評価が下がったらいけない”


“私がしっかりしてないからと思われたらどうしよう”


“こんなことを考えている自分を知られて嫌われないかな”と全てを話せませんでした。


実際最初に主人が仕事を辞めた時も「親にも言わないでほしい」と言った彼の言葉を忠実に守り、親友にすら1年以上言えなかった。


「言ったら傷つけるから言っちゃダメ」


「妻として支えていかねば」


「痛い・辛いって自分のことばっかりで、治療が頑張れないなんて本当に子どもが欲しいの?」


誰に言われたわけでもないのにずっと誰かに言われているようでした。


最初はお金を稼ぎたいという思いからでしたが、今は自分の気持ちをそのまま書きたいから続けたいと思ってます。


でもお金も欲しいので頑張っていきたいです!!!!(`・ω・´)


ここまで書き上げるのに3日以上もかかる程、まだまだ自分のことが分かっていない凡々。


まあ色々ありすぎてまとまらないと言った方が正しいのですが…笑


好きに表現できるはずのブログでさえも迷ってしまうんですね。


等身大でいることがとても難しかった私。


これからの自分へのエールも込めて、好きな言葉+等身大で「なごみ等身大!」と名付けました。


この先、明確なビジョンはないのですが一度人生リセットします。

今後ともよろしくお願いいたします(o^^o)